わたしは屋久島が大好きです。
年に1度は屋久島ツアーに参加するほどです。
今日はそんな屋久島の民話、『はつのモエン』を紹介します。
宮之浦の村から川に沿って一里半ばかりさかのぼったところに「八重竿」という岳がそびえています。
その手前には「はつぶしが岳」という小高い山があります。
はつぶしが岳に行くと、今でも若い女の歌声が美しく聞こえてくるそうです。
さて藩政時代、屋久島の人びとは樹齢三千年もの屋久杉をきって、それをわって平木をとり、島津の殿さまに年貢として上納していました。
そのころのこと。あるとき、殿さまから今度は「船板を上納せよ」という申しつけがありました。
殿さまの申しつけは、宮之浦にある島奉行所の代官から村々の庄屋に知らされました。
宮之浦の人びとははつぶしが岳のタブの木をきりだすことになり、人ぴとは山師となって、木材をかついで山師の歌を歌いながら元気よく出かけました。
屋久の島の男衆は山師で暮らすところ
アナンドコドッコイ
三日は我が家に二十日は山に
柴を敷根に土枕杉の木まさ板とりて出す
アナンドコドッコイ
・・・
山についた山師たちは、殿さまの船板じゃからといって、とりわけ大きなタブの木をきりにかかりました。
山師たちの昼飯は女たちが煮たきして、頭にかんめて、あとから持ってくるならわしでした。
その日も元気にあぷれた若い女たちが、ごちそうをいっぱいかんめて、鹿道ぐらいの細道を通って山へ行きました。
男衆はまだ働いています。昼を待つ間、女たちは下のほうで柴を集めて焚き火をしていました。
このとき、はつという女が一人はなれて清流のほとりで髪をさばきながら、島の民謡を歌っていました。
屋久のお岳をいうかに思うなヨ
金のなる蔵よりゃなあ宝ナイ
屋久のあ岳のシャクダン花はヨ
年中つぼみで一度咲すナイ
・・・はつの美しい声があたりに流れていきました。
ところがこのとき、突然、男たちがころがしたタブの丸太が岩角に当って見当ちがいのとこうに落ちて、運わるくはつの頭上に降ってきたのです。美しい歌声が、一瞬、
「きゃあっ」
という悲鳴にかわり、あたりにひびきわたりました。
人びとが驚いてかけつけてみると、はつは長い黒髪をふり乱して、見るもむざんな姿で死んでいました。
それからというもの、この山にはいると、世にも美しい歌声がひびいてきたり、髪をふり乱した娘のモエン(亡霊)が大木の根もとに立っていたりするそうです。
鹿が現われるところを間伏といいますが、人びとは、はつが現われるところというので、その山をはつぶしが岳というようになったそうです。